スプートニクの恋人 (講談社文庫)
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ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編 (新潮文庫)
『Norwegian Wood』(原題『ノルウェイの森』)に見られる村上作品初期のストレートな魅力と、『The Wind-Up Bird Chronicle』(原題『ねじまき鳥クロニクル』)の複雑なミステリーとが絡み合うこの新作は、著者の7番目の英訳作品であり、村上春樹を堪能するには最高の代表作と言えよう。
筋は、単純だがいささか厄介だ。ひとりの大学生が恋をする―― その後何が起ころうとも一度限りと決めた恋だった―― その相手はクラスメートで、ジャック・ケルアックに心酔し、作家もどきのだらしない生活を送るばかりで、個人の責任という意識はひとかけらもない女子学生。あるとき、彼女はかなり年上の、すばらしく洗練されたビジネスウーマンに出会う。このワームホールをつきぬけた彼女は、村上の描くシュールでありながらも人間性の感じられる世界の登場人物として読者を引きつけ、今は教師となった、この恋をあきらめきれない青年を巻き込んでいく。
彼女は、日本の町からヨーロッパへ、さらにギリシャの孤島へと移動して、やがて失踪する。わずかに残された痕跡は、彼女の運命の輪郭を暗示する、コンピュータに残された奇怪なできごとの記録と、自作の小説に書かれたいくつかの挿話だけであった。青年教師は、呼びだされて彼女の捜索に加わるのだが、彼自身も不気味で強烈な幻覚を体験して、すぐに帰国する―― そして、はるかな深宇宙と、軌道を描きつづけるスプートニクのかなたから、ようやく、愛した女を心の底から理解するのである。
ラブ・ストーリーであり、失踪小説であり、探偵小説でもあり―― すべてが哲学的ミステリーに包まれた―― 突き詰めれば、人間の欲望を深く内省した作品である。
カスタマレビュー
絶対的な存在を2度失う者と邂逅する者の物語 ( 2008-08-27 )
絶対的な存在を持つ3人、言い換えれば、それを失えば完全なる孤独に陥る3人の物語。
「ミュウ」は25歳の時、絶対的な存在だった芸術(音楽)から捨てられ半身を失った女性。彼女は芸術(文学)を目指す17歳年下の若きすみれから彼女の芸術への想いを無意識に奪い、決して戻ることのない失った半身を取り戻そうとする。
「すみれ」は僕から深く愛され、求められているのを知りながら(文中のセリフから判断)、絶対的な存在を小説家になることからミュウへの恋と性欲と愛を貫くことへと変じる。
「僕」は不実な恋(不倫)で自らの精神(性欲)の均衡を図りながら、苦悩と共にこの世でただ一人の絶対者すみれを愛し抜く。
やがて3人はギリシャの島での出来事から、ある帰結へと導かれる。完全なる孤独を抱えてしまった人間の恋と性欲と愛の物語。村上さんのベスト作品ではなくとも、人間が抱える根源的な孤独と理不尽な恋と性欲と愛を深く考えさせられる稀有な価値ある小説です。
ミュウはすみれと(恐らく村上さんと)共にベートーヴェンの32曲のピアノソナタを音楽史上最も重要なピアノ曲とし、Wilhem Backhausの解釈を最も適切とした感性の持ち主ですが、絶対的な存在足り得るクラシック(音楽)と小説(本)は本書の裏の重要なファクターでもあり、「僕」と同様、本と音楽を絶対的な存在とし、絶対的な他者を喪失した人は深くシンクロせざるを得ない作品です。しかしそれは、決して負ではなく正(生)へのシンクロでした。
実はシンプルに、孤独な愛の物語? ( 2008-06-09 )
結局、焦点は「僕」と「すみれ」の関係だったと思う。
この2人は、夜中に突然電話をしあえるぐらいの仲であり、
ある意味、恋人同士のような関係と言ってもいいぐらいだった
しかしながら、そこに性的な関係はない。(「僕」の片想いだった。)
でも、「僕」は、その「すみれ」を
地球の周りを交わることなく飛ぶ人工衛星(スプートニク)のように見守る・・
そして、まるで保護者のような愛を注ぐ。
(他にガールフレンドを作りながらも。)
そして、「すみれ」が行方不明になった時、
その思いは、より自覚的になる。
その後の出来事の描写(「にんじん」への告白など)が、
「僕」の中で、「すみれ」が不在になった時の虚無感を鮮明にしている。
『すみれは彼女にしかできないやり方で、ぼくをこの世界につなぎとめていた』
最後「すみれ」から電話がかかってくる、という結末はHappy Endだったけど、
その後、2人が交わるかどうかは、また別の話だ。
また、「すみれ」が消えた理由については、最後までわからないけど、
それも、ある意味、どうでもいい。
不在だったものが、存在になった。
『血のあとはもうない』
『僕らは同じ世界の同じ月を見ている』
絶望的な切なさから感じる安心感 ( 2008-05-27 )
宇宙を漂う衛星のように完全なる孤独の空間に佇みながら、
果てしなく低い確率でありながらも お互いを感じながら同じ軌道を進む・・・。
どんなに接近しても、完全なる孤独の中にいる。
そんな絶望的な切なさを感じさせながら、相手を感じることができるだけで、
何もかもが繋がっていると感じられる安心感。
かけ離れた感情がうまく表現された小説でした。
読み終わったあと、放心状態になりました。
現実を突き抜けろ ( 2008-04-23 )
読む前ただの恋愛小説だと思った。
違う。私自身に現実を超えた自己認識への疑問を問う作品となった。
でもジャンルわけなんてばからしくさせてくれる傑作。
新しい文体への挑戦だとか難しいことはわからない。
でもこの作品が多かれ少なかれ衝撃的であることは間違いがないと思う。
まるで煙のように ( 2008-04-15 )
キーワードは幾つか存在する。象徴と記号、不在、喪失など。ぼくとすみれとミュウ、だれもが喪失を抱えて生きている。本当に失ってしまったものは、何にも代替できない。オブラートに包むことはできても、ただ飲み込んで生きていくだけだ。喪失の味はじわじわと甘く広がる。
すみれが姿を<煙のよう>に消してから、物語は盛り上がりをみせる。とことん不在の意味を考えさせられた後、ふっと、<煙のように>現れる。これは現実なのか夢なのか、パッピーエンドなのかさえ、どうでもいいような心持ちになる。
