1973年のピンボール (講談社文庫)


1973年のピンボール (講談社文庫)

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1973年のピンボール (講談社文庫)

1973年のピンボール (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
発売日: 2004-11
価格: ¥ 420 (税込)
発送: 通常24時間以内に発送


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カスタマレビュー

4 中身のある宝石箱 ( 2008-07-17 )
「風の歌を聴け」が中身の無い宝石箱だとするなら、
「1973年のピンボール」は中身のある宝石箱。
キラキラとした文章は素敵であこがれます。
箱の中身は時の流れの確かさと、自分の感覚の不確かさとでも言いましょうか。
前作にも増して読む価値があると思います。
但し前作を読んでから読むべきだという気が多少はしますが。

5 世界喪失の歌 ( 2008-01-12 )
この作品からハッキリとリアリズムの手法を捨てている。
双子も電話修理人も現実感が無い。双子は耳の美しい女性、電話屋は羊男と雰囲気が似ている。どれも鏡には映らない主人公の空想上の人物。とくに双子はイマジナリー・フレンド(幼い子供が持つ空想的な友達。一緒にベッドで寝てくれたり遊び相手になったりする)というものだろう。村上春樹は自作の解説を、登場人物が読んでいる本で暗示することが多い。この作品では「純粋理性批判」だ。認識論上の模写説を否定し、構成説を主張した論文である。人間が五感で感じるものを正確に書けば「真実」の表現になるという写実主義の哲学的根拠が模写説だ。現代文学の旗手達はこれを捨てた。志賀直哉風の写実では、自分の生の全貌を表現できないことが分かったからだ。で、一種の構成説(やマッハのセンスデータ論やベルクソンの説)に立って小説が書かれてきた。
配電盤もピンボールも双子も、複雑になった生の現実を再構成するためのカテゴリーのようなものだ。メタファーという言葉のほうが文学上はピッタリする。何のメタファーかをここで書くのは無粋だろう。
この作品の基調は、葬送のムードだ。1973年なんて来るとは思わなかった、と主人公が言っているが、世界から意味が失われバラバラになっていく雰囲気が伝わってくる。前精神病的な雰囲気といってもよい。黄泉の国のピンボールの死体達が、次の「羊を..」の空欄に出てくる電信柱の葬儀会場を案内する手のマークに連結するのだ。「羊」ではいよいよ自己の「影」が首を吊ってしまう。

5 空が晴れて澄み渡る秋の午後に読みたい ( 2007-08-25 )
初期3部作の2作目。

昼休みにペットショップで猫と遊びたくなり、スタン・ゲッツを聴きながら
仕事したくなり、家の中で配電盤を探したくなり、ペニー・レインをサビ抜きで
口ずさみたくなり、純粋理性批判が読みたくなり、夕方のゴルフ場に行きたくなり、
ピンボールがしたくなり、そして双子の女の子と暮らしたくなる、そんな話。

4 鼠の話しが印象的だった ( 2007-08-04 )
「風の歌を聴け」の続編ではあるが、前作を読まなければ本作が分からないという分けではない。
 
文章は非常に読みやすいが非常に難解だ。僕と鼠の2人の物語が交互して書かれる。個人的には今に苦しみ抜け出そうとする鼠の話しが印象的だった。

4 ミントガムのような作品 ( 2007-05-20 )
「風の・・」の次に読むといいとの意見が多いですが、まったくそのとおりと感じた。
「風の・・」も「1973年の・・」も物語はシュールであるが、
私には感覚的に共感できる部分があり(あるいは錯覚かもしれないけど)、楽しく読めた。
全体的にシュールな内容なのだが、そこから何かを「感じれる人」は感じ取って欲しいと・・作者が材料を提示してくれているような気がした。

爽やかな、でもほろ苦いミントガムを噛んでいるような作品だと思う。

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