先生とわたし
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カスタマレビュー
センチメンタルな映画のように面白いが、取り扱い要注意 ( 2008-11-16 )
エピローグの次のページに、「本作品は『新潮』二〇〇七年三月号に掲載された。その後、その内容および記述の一部について、由良氏の御遺族から事実誤認などの御指摘を頂いた」(p239)と付記。「御指摘を頂いた」事実だけが告げられて、それでどうしたのか書いてない。訂正済みなのか、「御指摘」は無視したのか。謝罪の言葉も反論の言葉もない。こんな但書って、あるのかしら?
面白いか面白くないかと問われれば、構成がまさに映画的で、すご〜く読ませる。プロローグがいきなり由良君美の死で始まり、第1章では時間が20年ほどもパーンと遡って著者の東大入学、由良との出会い。その後、さまざまなエピソードで由良の人物像に陰翳を加えるが、「間奏曲」では由良から一旦離れて子弟関係一般について考察。第5章はこの子弟論を踏まえた一種の結論だが、第1章では弟子の立場にあった四方田が、ここでは師の立場に立っており、構造的には話が一巡する。で、エピローグは言わずと知れた……ま、誰でも予想はつくか(笑)。
物語としては漱石『こころ』は誰でも連想するだろうけど、本書にも登場する林達夫に絡めれば庄司薫『白鳥の歌なんか聞こえない』とか、それから中上健次も忘れてはいけないんじゃないかと思う。
しかし第5章で由良をウェルギリウスに擬えるのには、やっぱり「……?」な感じはある。「不肖の弟子は、そこで初めて師が、キリスト以前に生を享けた者であるがゆえに、天界に足を踏み入れることが許されぬ身であることに気付くのである」(p211)って、それ随分な言い方だよね。自分はダンテってことだし……
由良ゼミの魅力 ( 2008-09-02 )
1973年4月に東大駒場における由良ゼミ受講から親密な師弟関係を経て、絶縁状態になり、1990年の死まで、異端の碩学由良君美との関わりを中心に、彼の学問、人となり、大学や学会の内部事情などが語られます。由良ゼミがいかに知的魅力に満ちていたか、当時の若者たちを魅了したかが熱く語られています。
苦い本の味 ( 2008-07-19 )
昨年「新潮」に掲載されたおり、冒頭の数ページだけを読んだままだった。
東大での四方田の先生にあたる英文学者、由良君美(ゆらきみよし)とわたし(四方田)との大学時代、そしてその後の20年間にわたる師弟関係の成り行きを述懐する。1990年神戸で由良の訃報を新聞で知った四方田は、その足で吉祥寺の由良の自宅を訪れ、そこから先生とわたしの「苦い思い出」の物語が語られていく。これを読みはじめてますます目が冴えてしまった。どうやら、眠れないときに読む本のチョイスを間違えてしまったようだ。当時の四方田犬彦の文学や映画的環境は僕自身にとっても馴染みの深いものだし、由良が四方田に対して起こした事件の現場になる青山学院近くのドイツワインの店が、その頃私も近くで働いていたので、よく通っていた店だったというのもなぜだか感慨深い気持になる。ようやく四方田が由良先生とのわだかまりを解消する方向に向かうのが、全5章のなかの第4章の後半「間奏曲」で師と弟子への考察、ジョージ・スタイナー『師の教え』と山折哲夫『教えることと、裏切られること』を持ち出して以降の展開。四方田犬彦の自分の「先生」への納得せざる印象は、このふたつの書物に対する思いと、大学での長い教鞭の季節を経て、やっと由良君美の当時抱えていた屈折へとたどり着く。けっきょく、このあたりまで読み進んで、私は寝不足ですこし気分が高揚した朝を迎えてしまった。それにしても途中までは、その時その時の状況がよくわかるだけに、重苦しい苦い味のする内容だった。各章に与えられたタイトルもゲーテの『ファウスト』から援用したものだけに、なおさらである。
学者の生涯をここまで精緻に描くことを試みたのは、日本文学史上稀有 ( 2008-02-17 )
四方田は師匠由良君美氏との幸福にして壮絶な出会いを記録した評伝。学者の生涯をここまで精緻に描くことを試みたのは作品は、日本文学史上稀有であろう。四方田と同世代のものには、ジョージ・スタイナーの翻訳でつとに著名な活躍をしていた由良の直接的な教えを受けた四方田を羨ましく感じる。その一方でソウルで教鞭をとり、パレスティナや中欧ブダペストなどでも活躍。研究対象も文学から映画を含めて広範囲に展開する。ただの文学研究者ではなく、周縁性の高い地域から世界を見渡す眺望の中で師の姿を描く格闘に、精確に描くことの意思を表明した力作である。
本当の「先生」を持つ人に ( 2007-12-04 )
本書で書かれているような意味での「先生」を持つことは、誰でもできることではないので、
そういう経験を持った人と、そうでない人の評価は大きく異なると思います。
私自身は、そういう経験を持ったものの一人であると自認しており、そういう目から見て
本書はとても面白いものでした。中休みのようにも見える、師と弟子との関係の考察も、
色々考えさせられて、面白かったです。
本当の意味での「先生」を持つ人には、お勧めです。
