隠された十字架の国・日本―逆説の古代史
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カスタマレビュー
そおいわれればそんな気もする ( 2008-07-01 )
真面目に読んだ場合最初の方は面白かったんですが途中から
宣教じみてきたので、宣教嫌いとしては疲れました。
内容としましては歴史学者でないので取り上げられていることが
正しいのか推測しかねます。
なにかの接点があるのではとは思えます。
なにか西洋方面にルーツをもとめる方には興味深い内容ではないでしょうか?
良い意味で宣教師の言葉的 ( 2007-12-30 )
良い本です。興味本位の学術的な新事実を追い求める人やトンデモ本の類として頭から馬鹿にする人には向いていません。そういう意味ではこの本のサブタイトルをつけた出版社は売る為の宣伝とは言え、作者の意を汲んではいないですね。本書はどちらかというと、宗教の勧誘本に似た様な所があるので、極めて単純な人が読んだら危ない所があるかもしれない。しかし信じ込んでも悪い方向には行かないでしょう。そういう所はケンジョセフ氏が語っている事は恣意的に取られても仕方が無いが、一種の人格者である事は否定しようが無い。こういう人とは友達になりたいなと思わせてくれます。ただ、こういう人の言う事は理想論でもあり、多少でも攻撃的な人からは永遠に理解を得る事は無いでしょう。人間には様々な種類の人がおり、別に悪口では無いのだが無知蒙昧な人が大半ではあるが、識者と呼ばれる人でもその思想の合わさり方や人格の形成もそれぞれです。素晴らしい思想もその追随者達の営利、自己欺瞞的な作為で思いもよらぬ方向に行く事もある。悲劇を産む事も多々ある。それは様々な宗教や人間の歴史を見ても分かる。何も知らないという事は幸せだとも言うが、世の中を生きていくには知る事によって、人それぞれが自立した考えを持つ事は大切だと思います。それによって善悪どちらに転がるかは分からないが光を求めて暗闇を突き進む探求の道となる。ケンジョセフ氏は「自分のルーツを知れ」というが確かに最も身近に感じる探求の第一歩ではある。国家的見地から見た自立とは学校を出て職に就いて、給料から税金を納めて、車買って家を買って、結婚して子どもを育てる。一般的に自立と言われている物は本当の意味での自立では無い。心が子どものままでも誰でも自動的にそうなる。本書は現代を生きる日本人の自立心への初歩的ガイドブックの一つとして読まれるべきでは無いでしょうか。
自分のルーツを知ることの大事さ ( 2007-01-05 )
「隠された」とか「逆説」とタイトルにうたっていますので、何か陰謀史観があるのかと身構えて読んでしまいましたが、そのような内容ではありません。
逆に、神社などの始まりが原始基督教であることは、きちんと調べれば秘密にされておらず、教えてもらえるものだというところが意外でした。
すべてを原始基督教で説明するというのは乱暴にしても、著者らの調査はとても興味深く、日本人のルーツとして説得力があると感じます。
それよりも、"自分のルーツを知ること"=歴史の尊重の大事さを説いているところに共感を覚えました。
間違いが多い・・ ( 2005-10-04 )
最初は、面白いと思って満足していたのですが・・・
何度目か、じっくりと読んだ時、ふと、あることに気づきました。
それは、地理の誤認です。
例えば、私がわかる個所だけを挙げます。
天草四郎の故郷は長崎県の島原 という表現があります。
→実際は産まれたのが熊本県上天草市大矢野村で、育ったのは
熊本県宇土市という歴史的裏づけがあります。
天草の原城 という表記。
→天草に原城はありません。
島原にある天草四郎記念館で四郎を演じた役者に~
→島原でなく、天草の大矢野にある四郎メモリアルホールのことらしい。
私は天草・大矢野に毎月のように訪れるので気づいたのですが、
たった2~3ページの中にこれだけの間違いがあり、他の部分の
信憑性も薄らいできてしまいました。
他にも、文献の知識を基に、馬さんというスチュワーデスに
あなたの先祖は景教徒ですよといったとか・・・
中国って苗字がすごく少なくて、石を投げれば馬さんに
当たるというのに、それが全て景教徒といいきるのは・・
景教徒の日本への流入という一つの真実は正しかったとしても、
残念ながらそのディテールに関しては今ひとつひとりよがりな印象も
ぬぐえません。
素晴らしい仮説。1300年もの間だまされていたとは ( 2005-03-23 )
法隆寺が聖徳太子の怨霊をおそれ閉じこめるために造った寺だというのは天才的な仮説です。こんな面白い読み物に出会ったのは久しぶりで何度も読み返しています。
天皇家や藤原一族に不幸が続いた直後にかぎり法隆寺へ多大の食封が与えられている。なぜか。書紀に法隆寺炎上の記事はあるが再建に関して一言も語られていない。なぜか。梅原仮説の誕生です。「法隆寺は、みな殺しにした山背皇子一家と聖徳太子の怨霊と仕返しを怖れ、封じ込めるために建てた寺ではないか」。「皇子一家殺害の罪を入鹿ひとりに着せて共犯者の口を封じ、権力と仏教保護者の位地を蘇我一族から奪ったのは中臣鎌足と中大兄皇子ではなかったか」。
梅原さんの直感と情熱、勇気、仮説検証の筋道はすばらしい。法隆寺にまつわるる7つの謎の開示に始まり検証へ進みます。夢殿の建設は藤原不比等の息子4人が相次いで死亡した直後の年である。なぜか。夢殿の救世観音は1200年のあいだ白布に包まれたまま人の目に触れることを許されなかった。なぜか。そして「真実の開示」として推論が示されます。
検証過程で誤ちは幾つかあるでしょう。しかし、性急な解決を求めるのは困難です。自然科学とちがい歴史の研究では実験ができません。それに、記紀、続日本紀、法隆寺資財帳、仏像光背の碑文などには編集者による意図的、組織的な改竄や虚偽記載、事実の隠蔽があります。権力者の犯罪を隠し支配の根拠を正当化、美化、永続化するためにする歴史の捏造です(現代でも盛んに行われていますが)。これら文書に記された(また意図的に書かれていない)内容を照らし合わせ、矛盾を追及し真実に迫るのが梅原さんの方法論です。古代史学会でこの仮説がどのように扱われているのか知りたいものですが黙殺されているのでしょうか。先入観をすて、事実誤認があれば正し、新事実があれば追加、仮説検証過程を批判的に検討してゆくことが必要だと思います。
