私は逃げない ある女性弁護士のイスラム革命
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カスタマレビュー
これは素晴らしい ( 2008-08-02 )
ノーベル平和賞を受賞したイラン人の女性弁護士が出版した本ということと、「私は逃げない」というタイトルに興味を引かれて読みました。
読み進んでいくにつれ、日本人の感覚からは遠く離れたところに存在する国で生きていくことの辛さ、大変さを思い知らされます。
宿命や運命と言ってしまえばそれまでですが、もし自分がそのような国に生れ落ちていたらどうしただろうか、歴史上数え切れない程の犠牲を出して今日に至っているイスラム共和国で民主主義を勝ち取るために活動することが、いかに困難極まりないものであるか。
女性が権利や選挙権を持つことは当たり前だと思っていました。でも、その当たり前のことがそうではない事なのだと気づかされました。
ちょうどこの本によると、私が滞在していた1997年春当時は反体制派とみなされた詩人・ジャーナリスト・法律家等が革命家たちによって暗殺や拘束の対象となり、家にこもって子孫繁栄に努める家庭的なイスラム教徒の母親こそが女性の理想像とされた時代と重なります。
余談ですが、テヘランの道中でそっと私に話し掛けてきた若い女性の言葉が今になって蘇ってきました。
「あなた日本人でしょう?東京は何でも揃っていてすごい都会だって聞いたわ。あなたが羨ましい。私はこんな国を出て外国で勉強がしたいのよ。」と。
そのときはイランの国内事情がよく判らず、ムスリムの女性達は抑圧されているので可哀想くらいにしか解釈していませんでしたが、改めて当時の色々な出来事を繋ぎ合わせて、ジグソーパズルを完成させるように自分なりに整理してみたいです。
イランの現状よりも、日本の翻訳業界の質の低さを憂うべき ( 2007-12-08 )
エバーディーさんの回顧録そのものは、興味深い内容です。彼女の主張にケチをつけるつもりもありません。問題は訳文です。英語と対照させると、そのお粗末さと無責任さがはっきりします。
まず第一に、原著の段落の順番が大幅に入れ替えられています(特に第一章はひどい)。訳者は読者が読みやすいようにと思ったのかも知れませんが、これでは「翻訳」とは言えないでしょう。例えば、訳書冒頭に「つぎに殺さねばならんのは、シリン・エバディだ」という文句が出てきますが、こんな文章は原著の冒頭にはありません。訳者はほとんど「雑誌の編集者」気取りのようです。
第二に、あまりにお粗末な誤訳です。「これらの殺人の異常性は、用事で外出したところを絞殺され自宅でからだを切り刻まれた犠牲者がいることからも想像できると思う」(pp.7-8.)。こんな文章は原著にはありません。原著には「ある者は用事で外出したところを絞殺され、ある者はめった切りにされて殺された」と書いているだけです。
「その頃すでに政敵への残忍行為の伝説的首謀者と目されていたアーヤトッラー・ホメイニーは体制側の秘密警察SAVAKを糾弾した」(p.52.)とあたかもホメイニーが「政敵」に対して残忍行為をしたかのように訳されてますが、原著には「政府を批判する者たちへの残忍さですでに伝説的な存在となっていた、シャー体制の秘密警察SAVAKを、アーヤトッラー・ホメイニーは激しく非難した」と書いています。
「シャーの支配は行き過ぎであったり手ぬるかったりして‥‥」(p.38.)。果たして「手ぬるい」とはどういうことかと思って原著を見てみると、何故かrepression(抑圧)が「手ぬるい」と訳されている始末。
こんな初歩的な誤訳が盛りだくさんですので、「話のタネ」として読む分にはいいですが、信用にたるような訳文ではないということを心にとめておいて下さい。
現代のジャンヌ・ダルク ( 2007-11-19 )
日本に生まれて良かった!不謹慎ながらこれが最初の感想である。事実、イランの知識層や能力ある若者たちが自由と安全を求めて大挙して国外へ逃れているという。だが著者は逃げない。逃げないだけでなく、諦めない。愛する祖国が武力に拠ることなく変わるのを見届けるまでは、生命を賭して戦う覚悟ができている。本書を米国で出版するにあたり、障害となった規制まで撤廃させてしまう底力には脱帽。イランの救国の女、現代のジャンヌ・ダルクである。自由主義国の全国民は、こぞってこの本を読むべし。なぜなら著者は我々に宿題を託しているからだ。イランの人権問題にスポットライトを当て、常に注目し続けること。これこそイランの神権政治に歯止めをかける最も効果的手段なのだから。
シリン・エバディを守ったもの ( 2007-10-22 )
女性の人権など無きにひとしいイスラム国家で、著者シリン・エバディが歩んできた道がいかに厳しいものであったか、それを象徴するのがタイトルにある「逃げない」であろう。政府はイスラムの教えを都合よく解釈し、それを根拠に反対勢力を迫害した。多くの知識人が虐殺され、友人や親族も国を逃れた。しかし著者は暗殺リストに挙げられているのも顧みず、イラン国内に留まり、イスラムの教えがもっと寛大で平和的なものであることを訴え、女性弁護士の草分けとして理不尽な判決に苦しむ市民を弁護した。
そんな著者を守ったのが海外メディアの取材が呼び起こした国際世論である。近代国家の仲間入りを果たしたいイランは、もはや彼女を抹殺することができなくなった。個人的には名声などほしくないが、名声のもつ威力には素直に感謝する、と著者は述べている。それが2003年のノーベル平和賞受賞への第一歩であった。
本書はあたりまえの人権を求めて今なお闘っている人がいることを、観念的ではなく身近に感じさせてくれた。自らの半生を家庭生活や学生時代の仲間のその後など、興味ひかれるエピソードを交えながら個人的に回顧しているからであろう。追及すべき相手には厳しく守るべき相手には温かい強烈な個性は、実に魅力的であった。11月22日には来日講演が予定されているとのこと、その優しい勇姿に是非おめにかかりたい。
Theresa ( 2007-10-19 )
日常生活に影を落とす盗聴、脅迫、そしていわれのない投獄。すさまじいまでの現実を淡々と描きながらも、一市民、一女性としての偽らざる心情を織りこむことも忘れていない。ようやく出獄して家族と再会する姿、カナダの大学へ進学する娘を送り出す前の、希望と不安との間で揺れ動く母親としての姿などは、もし私がこの立場なら?と思わず自分を重ねて、考えこんでしまうほどのリアリティがある。漠然と 遠いイスラムの国 としかとらえていなかったイランの姿を、この本は別の角度から私たちにつきつけてくる。日常生活で自由の重みをかえりみることの少ない私たちにとって、考えることはあまりに多い。今後のイランの行方を注視していきたい、そんな気持にさせられる本だ。
