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カスタマレビュー
アフガンの伝説 ( 2008-10-08 )
現在、国際的に問題になっている国際テロ組織タリバーンを、彼が生きていたとしたら、どのように対処していたのか、聞いてみたいです。もっとましな国づくりをしていたと思います。アフガニスタンの未来を真剣に考えていた人はマスード将軍ぐらい。彼の高潔な生き方は、腐敗と私欲の入り混じった現在のアフガニスタン政府の要人には、眩し過ぎる生き方であったと思います。
「パンジシールの獅子」の夢が叶うときは来るのか? ( 2008-05-11 )
本書で扱っているのは、ソ連のアフガン侵攻時代。マスードとともに
闘うムジャヒディンたちの姿を、現地語を話す(!)著者が取材した
ルポルタージュ作品である。
その後のソ連撤退と暫定政権の崩壊、タリバンと北部同盟の対峙に至る
原点となる時期だ。マスードが「パンジシールの獅子」として
世界から注目を集め、ムジャヒディン同士の争いが激化していく時代
でもある。
9.11が世界を震撼させ、アフガンでNATOや米軍がタリバンと
死闘を演じている今となっては、かなり古い時代のお話。
マスードもまた、「生ける伝説」から悲劇的な死を遂げた「国家の英雄」
となってしまった。
本書に出てくるマスードの深い悩みはついに解決されることなく、
彼の死とほぼ同時にアフガンは新たな局面へと向かっていくことになる。
誰に対しても優しく対等に扱う優れた人間性。フランス語と英語を
自由に話し、野原で読書にふける高い教養。
そして、野戦指揮官としての希有の才能。
彼が殺されたのは、指導者としてあまりにカリスマがありすぎ、同時に
アフガン全土を掌握しきるまでの政治力を持てなかったからなのだろう。
本書でマスードが夢見るように語る、「平和で民主的なイスラム国家」への
道のりを、果たしてアフガニスタンは進むことができるのだろうか。
未だ、苦難の時代は続いている。
読了後、現在のアフガンを調べたくなる ( 2007-12-07 )
旧ソ連のアフガン侵攻の最中、そこで自由と解放を求めて闘う者たちの渦中へと単身飛び込んで行った筆者のルポ。以前読んだ野村進のフィリピンゲリラ潜入記とは異なる本書の際立つ特徴は歌や詩が頻繁に挿入されていることだ。インタビューでは限界がある彼らの肉声を聴きたいという意図があるのだろう。そこからは理不尽な不条理が主旋律となって心に飛び込んでくる。この本の主人公であるカリスマ性を過分に備えたリーダーのインタビューやエピソードを読んでいると、負の側面が微塵も見当たらない。善悪の構図がかなりはっきりと線引きされているからだろうか。まさに「生きる伝説」だ。写真も多数挿入されているのだが、その中に、大人に銃を借りて構える少年のスナップがある。彼の目線に釘付けとなった。子供のこんな眼差しは見たことがなかった。月並みだが、苦難が続くアフガンの歴史をそこに見たのだ。
見逃せない本 ( 2005-06-13 )
長倉洋海氏による1983年マスード同行写真取材記。冒頭にはマスードへの追悼文、巻末には1984年以降の加筆文が加えられている。
彼が自爆テロによって暗殺されたのは、2001年の9月9日だった。その2日後のアメリカでは人々が未曾有の同時多発テロの恐怖に包まれていた。その後アメリカは武力制裁を宣言し、タリバン戦争へ、そしてイラク戦争へと世界は流動していくのだった。
マスード暗殺という事件は、その後に続いた一連の大激動の序章であったと見るのが適切だろう。時代の重大な転機を見届けた我々は、このアフマド・シャー・マスードという人物がいったいいかなる人物であったのか、少しなりとも知っておいた方が、よりよいのではないだろうか。
何のための戦いか?答えはその国にしかない。 ( 2001-12-20 )
マスードを通して見えるのは、アフガニスタンという国の人々と生き方。
著者の長倉氏は、自らその地の言語を操り、戦場と化したアフガンを見つめている。特にマスードの側近の若き戦士の詩が、非常に心に染みる。
これでアフガニスタンを巡る問題が、すべて理解できる訳ではないけれど、安易なテレビなどの放送では知る事のできない情報がちりばめられている。
