生かされて。
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Left to Tell: Discovering God Amidst the Rwandan Holocaust
カスタマレビュー
強い女性 ( 2008-10-12 )
勇気と強さをくれる本です。
何度も読み返していますが、毎回感動を覚えます。
著者は大虐殺が始まるや否や家族とバラバラになり、自身は狭いトイレに他数人の女性達と身を隠し続けます。時折隠れ家の窓から外を覗くと、そこには狂人・殺人者と化した隣人や友人の姿が。そしてフランス軍のキャンプで保護された後、彼女はバラバラになった家族が殺された事実を知ります。
彼女は敬虔なカトリック教徒であるため、自伝であるこの書は、多少宗教色が強いです。
しかし、彼女が隠れ家の中で悪魔の囁きを受けながらもずっと神の言葉を待ち続け、信じ続けたこと、生きることを諦めなかったこと、殺人者達の中を堂々と進んだこと、家族を殺した人間のことを、涙を流しながら許したこと、働くために独学で英語を習得したこと、そして自分自身の体験を世に出したこと・・・これらは宗教云々よりも、彼女の強さの象徴だと思います。
この大量虐殺の事実は、日本ではなかなか感じられないことだと思います。
いくら本を読んでも、どうしても「対岸の火事」のように思ってしまうことはあると思います。
でもこの本の素晴らしいところは、差別や偏見から恐ろしい殺人劇が起こってしまった事実と、それを生きのびた強い女性の姿を感じられる所ではないでしょうか。
日本では有り得ないと思っている事実を読み、知ることで、伝統的な差別や偏見や恐ろしい出来事に繋がるという事実を学べるところだと思います。そして、その中を生きのびた、1人の女性の心豊かな人間性を知れることだと思います。殺人者達を「許す」とした著者の寛容性には、毎回涙を覚えます。そして、読んでいるこっちも心が優しくなるように感じます。
友人にいつも薦める1冊にしています。
平凡な日常に少し疲れてきた方には、ぜひ読んでいただきたい本です。
現代版アンネの日記 ( 2008-10-10 )
インターネットがあり、車があり、食物があり働いてお金を稼げる環境がある。外食して友人と歓談できる環境がある。そして、生命の安全を保障されたサービスを受けれる環境にいる。それでも不平、不満、文句が出て欲求不満でる。会社や他人や親や自分以外の外にある存在に原因を責任転換することで自分を癒していた内面の欠陥にきづけました。ありがとうございました。この本は現代版アンネ=フランクの日記です。読めば人生が変わる本です。
信仰が人間には必要だと認識できる本です。この本を通じて何のために栄光・繁栄を目指すのかやっとわかりました。著者イマキュレー・イリバギザ女史に最大限の敬意と感謝を表します。女史の家族とルワンダで虐殺されたツチ族のご冥福を祈ります。女史の健康を祈ります。国連へ寄付を送ります。現在、学校へ行きたいのにイジメで不登校の方、行きたい学校があるのに学力不足をなげいている方、クタクタになるまで働きたいのに仕事がない方、やりたいことがあるのに何かに、正体不明の何かに妨害されている方、そして、本当は善意があるのにそのエネルギーの出し方が見つからない方にこの本のメッセージが届きますように。
彼女にもし信仰がなかったら、その後一体どう展開していただろうか。 ( 2008-09-26 )
本書に書かれている内容は、普段の我々の生活や常識から悉くかけ離れたものであり、こんなことが十数年前の地球上で実際に起こったとは、信じがたい。
部族間の激しい対立から、つい前日まで親しくつきあっていた隣人・友人たちが突然狂った殺人鬼と化して容赦なく襲いかかり、あろう事かそんな狂気集団を政府自らが煽り立てる。追われる側の部族に属する著者は奇跡的に隠れ場所に導かれるが、そこはとある教会の小さなトイレ。そこに他の女性達7人と共に身動きすらできない状態で閉じ込められ、ドア一枚向こう側の殺人鬼の声におびえながら3ヶ月間も過ごす。
そこまでの話だけでも十分想像を絶する内容なのに、さらに驚かされるのは、そんな過酷な隠遁生活での著者の心の動き。時に絶望にさいなまれながらも決して希望を失わず、信仰する「神」との語らいに全霊を傾ける。「神」を一層身近な存在に感じ、最後には悟りの境地にまで達する。そしてようやく悪夢から解き放たれた時、最愛の家族達を惨殺した人間達にすら著者が与える、信じ難き「許し」。
自分は昔から信仰心というものに対するヤジ馬的な興味が強かったが、ここまで人間を強くまた慈悲で満たす信仰の力というものは、自分の理解をはるかに超えていると、あらためて思う。もし自分に同じことが起きたなら、家族を殺した人間を許すなど到底できないし大抵の人間も同じだろう。本当の極限状態に身を置かれたときに精神的な支えがあるのと無いのとでは大きな差があるのだろうが、考えてみれば今の自分には家族しかない。
ところで、和訳された「生かされて」という題名には単純な意味合いしか感じられないが、原題の「Left to tell」はたかが三つの単語なのに人知を超えた神の意思と著者の固い決意がズバリ現されており、そんなことにも妙に感心した。
本当の許しとは何か? ( 2008-05-24 )
1994年20世紀末。ルワンダでフツ族によるツチ族の大量虐殺があったのはご存知でしょうか?わかるだけでも100万人がナタなどで殺されました。国連軍やフランス軍が介入したものの平和維持という役割で統制され、積極的な戦闘には加わらず、事実上世界はこの悲劇を黙認しました。家族をすべて殺された作者は一人生き延びます。 長い時間の後作者は神とつながり、自分と向き合います。家族を殺害したフツ族と後に会うのですが
最後の言葉 は 私はあなた方を許しますでした。
苦しみの中から深いところで本当の許しとは何かへ到達する境地は想像を絶するものがあります。人として許しとは何か考えるとき我々の心に深く響く本です。是非ゆっくりよんでほしいです。
恐怖、憎しみ、そして許し。 ( 2008-03-23 )
我々日本人がぜひ心して読みたい1冊。
一国のラジオが、自国内の一つの少数部族を
皆殺しにしろ!と煽動するなんて信じられないことがあるのです。
それを真に受けてしまう人の弱さ。
ご近所の仲が良かった人たちが自分たちを殺しにくる恐怖。
自分の大切な家族や身内を、ほんの少し種族が違うと言うだけで
残酷に殺され、それでも主人公のイマキュレーは殺人者を許した。
もちろんそこに至るまでは、苦しみ憎しみ葛藤があった。その心のうち
彼女の中の、神様との対話、悪魔のささやきと対決、
彼女は赤裸々に書いています。
ひるがえって我々はどうか?宗教心、信仰心が欠けている我々は
ちょっとしたことでも根に持ち、『許す』ではなく、
1)陰湿な憎しみと復讐心を抱き続けるか、
2)あきらめか
3)忘れる事で解決しようとしてしまう。
日本のテレビもそれを助長しています。
犯罪被害者の『絶対に相手を許さない!』といった声ばかりを
クローズアップし憎んで当然といった風潮を作っています。
新約聖書のマタイ第7章1節に
裁いてはいけません。裁かれないためです。
とありますが、人が人を裁く憎しみの連鎖を断ち切るためには
許すことを身につけることが必要。
怒り・憎しみ・悲しみでたまらないときに、この本をぜひ読んでみて
くださいませ。
竹本淳一
